ラピスラズリの海、水平線の彼方

映画や小説、その他好きなものについて語ります。実は理系。

ホスピスへ行った

昨日の昼、末期ガンの祖父の見舞いにホスピスに行った。

僕は病院に漂う消毒液の匂いが嫌いだったが、ホスピスは全くそのような匂いはしなかった。けれどその匂いのなさに、かえってホスピスという場所が持つ意味を思って心が痛んだ。

祖父の病室は11階にあって、窓の外は見晴らしが良かった。僕は能天気にも景色が綺麗でいい所だな、などと思った。

 

僕が最初祖父の病室に入った時、自分は病室を間違えたのではないかと思った。

祖父がホスピスへ来てから一周間。つきっきりで看病していた母の話では、3日前まで元気に話していたらしい。だから僕も、この週末に沢山話を出来ればと思っていた。

けれど、僕が見た祖父は痩せこけた体の全体をチューブで繋がれていて、焦点のあっていない目が虚空を眺め、ほとんど聞き取れない掠れた声しか出せなくなっていた。

正直、僕が覚えていた祖父の姿とはあまりにかけ離れていて、病室に先に来ていた母を見て初めて、病室を間違えてはいない、この人が祖父なのだと認識した。

病室は昼時にもかかわらず薄暗く、祖父の体から伸びたチューブが繋がった機械の、デジタル表示された数字だけが不気味に光っていた。

僕は急激な脱力感に襲われて、椅子に座ったまま暫く立ち上がれなかった。祖父はそんな僕の顔をちらちらと見ていたけれど、僕を実の孫だと認識していたかどうかはわからない。偶に掠れた声で口に出したのは、(ベッドを)上げたい/下げたいと言った短い要求だけで、僕にはついに何も声をかけてはくれなかった。そして僕の呼びかけにも反応はなかった。

僕は病室の中に何時間いたのだろう。カーテンが締め切られた病室は、そこだけ世界から空間ごと切り取られたようで、時間の感覚が無かった。病院の外に出て初めて、辺りが暗くなっていることを知り、母と僕はあえてくだらない話をしながら帰路に着いた。

 

家に帰って数時間後の今、僕はこの記事を書いている。今の僕を覆う感情の多くは、なんでもっと早く見舞いに行かなかったのかという後悔だけだ。

たった3日前、下らない仕事を放り出して駆けつけてさえいれば、元気な祖父と話が出来たかもしれないのに。僕は生来面倒ごとを先延ばしにする悪癖があったが、このような形でしっぺ返しを食らうとは思っていなかった。

健康な若者の数日と、死を待つ人間の数日を同価値にみた自分の浅はかさが憎くてしょうがない。

こんな所で啓蒙しても仕方がないけれど、僕以外の誰かがこんな後悔をしないように、ここに記す。機を逸すると、取り返しのつかないことになる。

 

僕はまた、病室へ行こうと思う。今日ショックで言い忘れてしまったお礼を言いに。